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2013年8月21日 (水)

幸の種子を蒔く

お盆前に祖母が逝去し、しみじみ喪に服す暇さえなくお盆以降も法務の毎日が続いた。
それでも先週末は中学時代のクラス会があったことで、ようやく気持ち的にも落ち着き一区切りついたのか、人生は悲喜交々だと当たり前のように実感できる余裕が出てきた。

齢百七歳の大往生。孫の贐として気丈に導師を務めるつもりだったが、不覚にも最後の火葬炉の別れに至ってとめどなく涙が溢れ読経にならなかった。

大学で生物学を学んだ祖母は家庭菜園での土いじりが日課だった。

まだ足腰が弱る前は「いつも植物や土とお話しながら土いじりしているの。」と教えてくれた。

その後車椅子になってからも「居間から庭を眺めてるとよく鳥がやって来てお話をしているの。昨日は烏が来たので、おや珍しいですね。お元気ですかーって心の中でお話をしていたの。」と子供の頃が想像できるような表情で語ってくれた。

こうした鋭敏ともいえる自然感受能力は僧侶だった祖母の父髙島宇朗や、画家だった叔父高島野十郎にも顕著でいわば祖母方の血筋だ。

おそらく祖母が自分だけに語ってくれたであろうこと。

それは孫として受け継ぎ次代に伝えたい。

 

中学時代のクラス会では友人達と実に二十五年振りの再会を果たせた。

二十五年という月日の流れはリアルで重みがあるけど、皆小学生からの付き合いで気心知れてるもので、すぐに昔の頃に戻ってしまう感覚は夢でも見ているようなタイムスリップ感だった。

稀に見る素晴らしい中学校の素晴らしい恩師と仲間だっただけに、こんなにも青春時代の友人とはかけがえないものなのかという時間を過ごすことができた。

きっと自分は人との出逢いに恵まれている。

今では昔からの友達はもう家族のようなものだ。

愛別離苦・会者定離だからこそ一層無常の縁はかけがえないものとなり、数多の確率から出逢えた喜びの輝きを放つ。

今回は恩師が自坊に泊まって思い出話を心ゆくまで語った。

良い種子を蒔けば確実に育ちそれは後代への幸の道標ともなる。

こう気づかせてくれた全ての必然的な出逢いに感謝。

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