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2014年1月 1日 (水)

新年を迎えて

謹んで新年のお慶びを申し上げます。
大晦日は信者さんや友人などの喜びや激励の近況報告で和やかな年越しを迎え、新年の幕開けと共にご宝前に於いて至心に日本の無事息災をご祈念した後、国土安穏を一心祈願致しました。

近年の日本は無策失政による長期的なデフレや財政再建の行き詰まりや大震災や外交問題などに加え、また、いつ起こるとも知れない大規模災害や国防・安全保障上の憂慮など様々な内憂外患を抱え将来の見通しつかなかったこともあり、現政権の政策の明確さと実際眼に見えるかたちでの実行力と成果によって先行きが見えてきた昨年は周囲の方々にとってもなかなかの年だったようです。
時宜に適った政策決定とその実質的履行の速度を見ていると、数年前から失われつつあった国家の安定感や一体感が取り戻されつつあるように感じます。
先の大震災で我々国民のみならず全世界が実感したように、状況・環境適応化の早い日本の国民性を考えれば、国家に対する国民の信頼感が回復すれば国家再生もまた加速度的に進んでゆくはずです。
日本人特有な状況・環境適応化の速さは、物事を主客分化しない日本的精神構造の所以だと考えています。
主客分化しないというのは「きっと私が望むことは皆も望むはずだ。」という社会共同体への信頼というべき和を重んじる良識や社会通念があるということです。
世界に比した時、そうした暗黙の了解が根底にあるからこそ、集合無意識的な状況・環境適応化の過程がより早く伝播するのではないでしょうか。
この社会共同体への信頼感という問題は、若年中年層の孤独死が増えつつある昨今の日本が取り組まなければならない事柄です。
社会共同体意識の希薄化と個人主義が正比例する時世にあって、その事態進行に歯止めをかけるような改善策は一見ないかのように映ります。
けれども、日本が急激な近代化の過程で失って来たものに目を向ければ、その回答を得ることはさほど難しくないように思います。
それには、少子高齢化がより進む今後の日本において社会共同体への信頼感を如何に深化してゆけるかを国も個人も既存の価値観や思考の枠組みを超えて合意形成を進めるべきです。
人間は環境から影響を受けますが、自ら環境にも影響を及ぼします。
環境と人間がインタラクティブなものであるからこそ、より良い社会を構築することは未来に向けて望ましい状況を生み出します。
良い環境の影響を受けた人間は良い環境を創ることがきるでしょう。
その意味で社会共同体における信頼感を考えた時にキーとなるのは人間作りと環境作りは同根という観点です。
自己成長と社会的成長の同義性に基づけば、その道行きは社会共同体や国家への信頼感を如何に深化してゆけるかにかかっています。

自立した健全な自我や個我は、社会共同体の階層構造として、まず個人を育む家族があり、そしてそれを包含し育む地域や組織社会があり、更にはその構造を敷衍したかたちでの国家があり、それらの矛盾なき首尾一貫性を土台に成立するものです。
何故なら自分と他人を区別しない日本人特有の自他無分別の考えに沿えば個人や家族や地域や組織や国家は全く拮抗しません。
逆説的にいえば、国家の問題はそのまま個人の問題であり、この国を良くする為に考えることは国民にとって最大の私事といえます。
歴史上民主主義の平等主義をかくも見事に浸透させ、ほぼ格差のない社会を成立せしめた国家は
日本の他にありません。
その意味で我々は国家というオーダーを軽視できませんし、国作りは国民自身の主体性と自発性に掛かっています。
そして個人の独立心と国家の独立心の問題は根源的に繋がっています。
これはミクロ的存在としての自我や個我が、そのままマクロ的存在としての非我あるいは大我と矛盾なき自己同一性を保ちえるということです。
そこに矛盾が生じるのは、おそらく個人・家族・地域・国家という一貫性を政治信条的を受容できない理由があるのかもしれませんが、けれどもそれは個人的信条を最優先に考えて社会共同体の存在を侮るエゴ以外の何物でもないのではないでしょうか。
そうした理由によって、多くの国民が国家を蔑ろにするならば、当然国家体制は脆弱となり国民生活は永続的にその不全性に縛られ続けることになります。
つまり個人とその集合体である国家は同じ重みをもっています。

個人というミクロ的視点と、国家あるいは世界というマクロ的視点の双方に立脚できる視点こそ、世界に誇るべき日本人特有の無分別智だと確信しています。
明治以降の近代化の過程で日本人が望み続けながらも歴史の屈折もあって実現しえなかったものは、個我と集団的個我あるいは大我が矛盾しないかたちでの自立だったように感じます。
それにはまず自己存在を定位する意味での健全な自我の確立が必須ですが、
日本には富国強兵の為にそうした方向性を国家が疎外してきた前近代的歴史が多少なりともあったのかもしれません。
けれども、現在の日本は国家レベルで見ても自我や個我の確立と肥育を疎外し認めないような統治機構として存在するのではなく、それぞれが自立しながらも国家とは拮抗しない類の集団的個我の確立とでもいうべきベクトルに向っているように映ります。
自他無分別智とは自己がないということではなく、自他が同じ重みをもっていることを知っているという、いわば自我の隘路となる我執を越える智慧を意味します。
こうした美徳をもった国民性は世界でも希少で世界史上未発な精神性といえるのではないでしょうか。
付言すればそれが今後の世界の指針となりお手本となるような精神文明こそ理想です。
個我レベルでの真の自立がなければ国家的な自立もありえない。
現時点でその均衡感覚に富んだ世界に通用する人類普遍の価値観の指針を示すことができるのは世界でも日本しかないように思えます。
実際日本は明治維新と戦後復興という大きな歴史的難局を乗り越え順応し、世界史上稀有な発展を遂げてきました。
年頭の所感までに日本が再び力を取り戻してゆく晴れやかな兆候を感じております。

今年一年が皆様にとって安らかなものでありますようお祈り申し上げます。
生きとし生けるものが常に心の光明を感じていられますように
本年もどうぞよろしくお願い致します。

合掌

 

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