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2015年4月21日 (火)

八重山諸島巡り

多忙ながらも合間を見つけて先日は所用と慰霊で石垣・西表・小浜島へ。
幸い地震もなく天気にも恵まれ、一通り用事を済ませた後、南西諸島固有の御嶽(ウタキ)という自然神や祖霊神等を祀る拝所巡りをする僥倖にも恵まれた。

南西諸島には未だ祖霊崇拝・万物有霊観のコスモロジーによる宗教観が地に足ついて根付いている。
現代に生きる一介の宗教者の個人的見解としては、それは憧憬や畏敬に近い感覚を保持していて幸福な人類学的示唆に富んでいる。

本土の神道に比して古代宗教の自然崇拝を濃密に保つ琉球神道は、自然発生的に生まれたとされている。
琉球の集落には必ず自然神や祖霊神等を祀る鬱蒼とした御嶽があり、祝女(ノロ)や司(ツカサ)などの女性司祭や集落の方々によってその信仰の命脈が今も引き継がれている。
集落ごとに祖霊神や来訪神を迎える御嶽を拝所として設け、そこで神の来訪を祝う神事として祭を行ったり、安全や豊作を祈願し感謝を捧げ世の平和を祈願する。
集落を成立させる条件としても、生業や、生活資源の確保や、御嶽を設けるのに相応しい聖林があるかという三つの要によって住する土地が選定されている。
琉球の宗教観を語る上で鍵となるのが、祝女や司に備わるセジという人間としては不可能なことを成し得る利他的な善を齎す霊妙な力で、当然御嶽の土地の選定もそうした力によって見極められている。

古来より琉球では神域には男性が立ち入ることが禁じられ、女性が聖なる領域を取り仕切ってきた。
その由縁として、漁や戦争などに赴いている男性を守護する神事も母系社会的に執り行われるようになったというオナリ神信仰の通説があるが、その見方は凡庸な一結果論を述べてるに過ぎない。
男性が漁や戦争に従事することが少なくなった現代でも、尚、女性が特権的に宗教的祭祀を司ることが適切とされるのには、女性に本有的に備わる般若智に依拠するところがあるように思われる。

沖縄の包容的な風土の時空間に身を置くと、ニライカナイ信仰や御嶽信仰を生み出した琉球の人々の精神性が、自然の大母的な受容性や寛容性に根差していることをたちどころに実感出来るのだ。

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